米国で大規模な便移植の有効性・安全性調査が開始

米国で、腸内フローラ移植(便移植、FMT)の有効性と安全性に関する報告が発表されました。
クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)という、疾患があります。
日本ではまだあんまり馴染みのない名前なんですが、欧米では患者数が激増している上に致死率も高いということで、かなり問題になっています。
数年前、そんなCDI患者さんに希望の光が灯りました。
それがFMTです。
アメリカのCDI患者さんの動画を見ると、「便を入れるのはできない」という人はいません。
命がかかっているからです。
CDIに対してFMTが有効である! ということで、通常の臨床試験や長期間の追跡調査などの過程を経る前に、FMTは実地診療の場で普及しました。
健康なドナーたちを集めた便バンクができ、動物実験と併行してCDIの治療が実際に行われてきました。
このあたりのフットワークの軽さが、アメリカって感じですよね。うらやましい。
潰瘍性大腸炎、クローン病、アレルギー、自閉症スペクトラム、肥満、2型糖尿病などその他の疾患にも応用は試みられていますが、CDIほど劇的に効く疾患はまだないようです。
このあたり、「腸内細菌の多様性の大切さを、クロストリジウム・ディフィシル感染症から学ぶ」の記事で書きました。
Fecal Microbiota Transplantation National Registryの設立
そしてついに米国消化器病学会(AGA)が動きました。
国立アレルギー・感染症研究所の資金提供を受けて、Fecal Microbiota Transplantation National Registryを設立し、短期間と長期間双方の観点から、FMTの有効性と安全性を検証していこうという取り組みが開始されました。
CDIにおける奏効率のおかげと、アメリカという「保守的」とは正反対の国の環境のおかげで、FMTはここまで進んでいます。
「4,000人規模で10年間の追跡を目指す」という言葉が冒頭に書かれているように、本気でFMTを医療の常識の土台に載せようという気概が感じられます。
最初の259人の報告が公開 −FMTによるCDIの1ヶ月の奏効率は90%
FMT National Registryから、第一報として259名分の経過報告が出されました。
Kelly, C. R., Yen, E. F., Grinspan, A., Kahn, S. A., Atreja, A., Lewis, J. D., . . . Laine, L. (2020). 37 Fecal Microbiota Transplanation Is Highly Effective In Real-World Practice: Initial Results From The American Gastroenterological Association Fecal Microbiota Transplantation National Registry. Gastroenterology, 158(6). doi:10.1016/s0016-5085(20)30717-4
結果の要約を引用します。
Of the first 259 participants enrolled at 20 sites, 222 had completed short-term follow-up at 1 month and 123 had follow-up to 6 months; 171 (66%) were female. All FMTs were done for CDI and 249 (96%) used an unknown donor (eg, stool bank). One-month cure occurred in 200 patients (90%); of these, 197 (98%) received only 1 FMT. Among 112 patients with initial cure who were followed to 6 months, 4 (4%) had CDI recurrence. Severe symptoms reported within 1-month of FMT included diarrhea (n = 5 [2%]) and abdominal pain (n = 4 [2%]); 3 patients (1%) had hospitalizations possibly related to FMT. At 6 months, new diagnoses of irritable bowel syndrome were made in 2 patients (1%) and inflammatory bowel disease in 2 patients (1%).
Fecal Microbiota Transplantation Is Highly Effective in Real-World Practice: Initial Results From the FMT National Registry – Gastroenterology
CDI患者のうち、1ヶ月後の寛解率は90%でした。そのうち98%が1回の移植を行ったのみ。
しかし、6ヶ月後に再発してしまった方が4%いました。
下痢や腹痛などの有害事象がそれぞれ2%ずつで、全体の1%に当たる方が「おそらくFMTと関連した有害事象」でした。
ドナーは96%の方がドナーバンクからの第三者の便を使用しているそうです。
日本と違い、ドナーバンクがかなり大規模です。
ちなみに、シンバイオシス株式会社が技術提携している腸内フローラ移植臨床研究会の便バンクは、アメリカ最大の便バンクOpenbiome並みの厳格さです。
なぜ、日本でFMTがなかなか普及しないのか

過去のブログで書きました。
日本ではなぜクロストリジウム・ディフィシル感染症が深刻化しないのか
FMTと相性のいいCDIが、日本人にはあまり発症しないからです。
でも、CDIが多様性が失われることによって発症するなら、
たとえば抗生物質をたくさん使和なければいけないとか、好き嫌いが激しいなどで、多様性が損なわれている人たちは日本にも多いはず。
腸内細菌の多様性が損なわれることで発症する疾患はCDI以外にもいろいろ指摘されていますが、
FMTが手軽になったら、これらの疾患を治療するだけではなく、未然に防ぐことも可能になるかもしれません。
日本人は本当に世界を救う腸内細菌を持っていると思います。
アメリカの研究者たちが「日本人ってCDIが少ない?」と気づいて、日本人をドナーにするのがいいのではないかとひらめいてくれますように。
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